男は涙を見せない
とは言ったものだが、男だって大いに泣くものだ。こと、我が子の誕生を見届けた父親はね。12歳のときに上級生にイジメられたとき以来、泣いたことがないという君も、我が子の誕生は涙腺が否が応でもゆるむことだろう。
出産の感動で、また出産が無事終了したことに感謝して泣くというのは、まったく女々しくも恥ずかしいことでもない。あふれる涙をどんどん流しなさい。かまわずしゃっくりを上げて泣きなさい。僕のアドバイスを最後の章まで読んで出産グッズを準備すれば、ティッシュはポケットに入っているはず。どうせ助産婦さんたちとも、これでさよならだ(少なくともあと10ヶ月はね)。誰も君が泣いてたなんて言いふらしはしないよ。
これにて終了、お疲れさま
周りを囲んでいたドクター一行は既に隣の部屋の次の分娩へと移っている。言葉を交わすとしても、抑えた声でポツリポツリとぎこちない。でも、そんなこと、この際どうでもいい。蛍光灯が消されて、部屋は薄暗い。目を凝らして、彼女の顔を見つめ、そして赤ちゃんへと視線を移し、また彼女へと行き来させながら、君は長い間、笑みで顔をほころばせていたせいで、頬の筋肉がこわばっていることに気付く。ママとパパと赤ちゃんだけの時間。みんな静かで、くたくたに疲れているけれど、それはもう、とてもとても幸せなひととき……。
新生児病棟の夜
自宅分娩でもない限り、彼女と赤ちゃんは出産後の最初の夜を産科病棟で過ごすことになる。この病棟に足を踏み入れるや否や、「まるで昔深夜映画で見たシベリアの強制収容所みたいだ」と感じるはず。でも、あまり不安にならないで欲しい。
43時間勤務終盤の看護婦さんを含めて、病棟にいる女性は皆、焦燥しきってやつれ、栄養失調で今にも気絶しそうな様相をしている。みんなヒソヒソ声で話をしているのは、まわりの人に気を使っているというよりも、か細い声しか出せないからなんだろう。直ぐに眠りにつく女性もいるけど、多くは、授乳という母としての新たな試練へ取り組み始めているのだ。
ベッドがずらりと並んでいて圧倒されることだろうが、何よりも君が衝撃を受けるのは、赤ちゃん達が寝かされている、どうみても水槽タンクにしか見えない透明な合成樹脂の新生児ベッドだ。君の赤ちゃんもじきに、その中の1つで寝かされ、彼女はその脇の病院ベッドで休むことになるだろう。だが、君はと言えば、かなり使いこまれた椅子に丸めた紙でも詰めてガタつきを調整しながら座るくらいで、横になるなんていう贅沢は許されない。そしてまたしても、じっと座って赤ちゃんの顔を見つめながら、「革命が終わったらウラジオストックへ逃げような」などとシベリア収容所の続きでもブツブツやるしかないだろう。
本当に必要な出産グッズ
少なくとも出産準備講習に行ったり、出産育児書を読んでいれば、当然承知のこととは思うけど、分娩のときは必要なものを揃えて持っていかなければならない。僕と同じように、間違いなく君は、長い分娩とその後のことを考えてバッグ一杯にグッズを詰め込んで持って行くだろう。が、大抵は陣痛が始まると、持ってきた物のことなんかすっかり忘れてしまうのがオチさ。
僕もしかりで、妻のリサが新生児病棟へ移された後、「水が飲みたい」と言うまで、ずっしりと重い荷物のことなんて忘れていた。何リットルもの水と、サンドイッチ、スープ、果物、そしてなぜかGPSまで持っていたのに。たとえ分娩がどんなに長くなっても、そのとき誰も食べ物や何かを広げようなんて考えもしないだろうしね。だからきっと君は来たときとほぼ同じ重さのバッグを抱えて家に帰ることになるに違いない。せいぜい減ったとしても、ボルヴィック1本とチョコバー1個分くらいかな。持っていくなとは言わないけれど、読んだり、人から聞いたりした「持ち物リスト」の中のものを実際に使うだろうか、と一度考えてみるのもいい。今でも僕は、11月だっていうのに、なんで短パンとかスリッパとかサンダルなんか持って行ったんだろうと思うよ。
その代わりに持っていけばよかったのは、娘のアリアが、まったく味気ない新生児ベッドで、少しでもハッピーな気持ちになれるように、脇で添い寝する小さな “ぬいぐるみ ”みたいなものかな。アリアは赤ちゃんだからもちろんわかりっこないだろうけど、今になって思えば、この世に誕生して最初のベッドに、名前の書いてあるリストバンドだけじゃなくて、何か自分だけの特別なものがあったらいいだろうなと思うんだ。
つづく
ジョン・スミス
世界的ベストセラーとなった「The Bloke’s Guide to Pregnancy~野郎のための妊娠ガイド~」の著者でもあり、英国版FQをはじめ多くの育児雑誌でコラム等を執筆する。
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